豊永浩平が語る暴力と歴史を結ぶ小説の力

TL;DR
戦争を過去の出来事として閉じず、現代のいじめや性的被害、若者文化と往還させることで、暴力の構造は自分にも関わる問題として捉え直せる。小説は正義と悪を即断せず、問いを残して複雑さに耐える想像力を育てる。
Transcript
クロスデグをご覧の皆さん、こんにちは。 フューチャーカード始まります。クロス デグの原リナです。本日のテーマはこちら 拍チです。この小説沖縄のお話なんです けれども、現代の沖縄の若者たちと80年 前の若者たちというのがこうクロス オーバーしながら描かれているっていう 作品でもうとにかくこれ私食らってしまっ てまして本当にな何て言うんでしょう っていうことも戦争っていうことも私は もちろん興味を持って勉強しようとはして きたんですけどやっぱりこうどこか自分 ごとかできてない部分が恥ずかしながら ありまし そんな中でもすごくこう圧倒的な茶性を持って迫ってくる作品だなと私は勝手に思っております。本日はこの白で第 39 回三島雪教師を受賞されました豊永平さんにお越しいただきました。よろしくお願いしま... Read More
Key Insights
- 二人称は、読者を歴史の外側に置かず、「君」や「お前」と呼びかけることで、沖縄戦と現代の暴力を自分に突きつけられた問題として感じさせる手法である。
- 過去との往還は、戦争を教科書的な完結した物語にせず、現代のいじめや性的被害、若者集団の暴力と結びつけ、現在まで残る構造を可視化するために必要である。
- ヒーロー像は、人情や格好よさによって人を救う一方、暴力や敵味方の区分と結びつき、戦時にはメディアのイデオロギーとして利用され得る危うい存在である。
- 正義と悪の二元論は、陽気な側と陰気な側といった身近な区分から、人種や階級の壁へ膨らみ、向こう側に置かれた人々とそこで生まれる暴力を見えなくする。
- 表現する力は、グラフィティや小説のように人が境界を越えて成長する助けになる一方、発信者や他者をカテゴリーへ押し込み、危うい方向へ作用する可能性も持つ。
- 小説の力は、分かりやすい正解を示して思考を終わらせることではなく、本当にそうなのか、なぜ悪いのかという問いを差し出し、判断を一度止めることにある。
- 暴力の構造は、悪人だけが作るものではなく、線で人を分け、密閉された空間で力を下へ伝える過程に生まれ、気づかないまま自分も加担する可能性がある。
- 沖縄の若者を描く文学は、車で移動し、海が身近にあり、方言が絶えず聞こえる21世紀の生活を作品に刻み、若い読者に自分たちも小説の対象だと感じさせる。
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Questions & Answers
Q: 豊永浩平はなぜ沖縄戦と現代の若者を同じ小説で描いたのですか?
沖縄戦だけを過去の出来事として描くと、教科書にある完結した歴史となり、現在の読者や書き手から遠ざかるためです。現代のいじめ、性的な暴力、若者集団の危うさと少年兵の経験を交差させることで、約80年前の暴力がどのような形で現在へ持ち越されているかを検討し、戦争を自分に関係する問題として感じられる構成にしています。
Q: 『はくしむるち』が二人称で書かれている理由は何ですか?
「君」や「お前」と呼びかける二人称には、当事者ではない読者にも問題を直接突きつける働きがあります。また、祖先や死者に見られているという沖縄の民間伝承や風土の感覚を取り込み、現在を生きる人、約80年前の人、さらに以前の歴史をつなぐ狙いがあります。歴史上の死者も自分たちと同じ存在だったと想像させるための語り方です。
Q: なぜヒーロー像には危うさがあるのですか?
人情や格好よさを備えた人物はヒーローに見えますが、その魅力が暴力と切り離せない場合があるからです。さらに戦時には、スーパーマンやキャプテン・アメリカのようなヒーローが敵と味方を分けるメディアのイデオロギーとして利用されてきた側面も語られています。小説では、ヒーローが成長後もヒーローでいられるのか、憧れる側にも問題がないかを問い直しています。
Q: 正義と悪の二元論を疑うべきなのはなぜですか?
二つを分ける線は、陽気な人と陰気な人という身近な区分から、人種や階級の壁へ膨らむ可能性があるためです。こちら側と向こう側を固定すると、向こう側にいる人や、そこで醸成される暗い力が見えなくなります。ヒーローと怪獣、正義と悪も完全に別の存在とは限らず、立場が入れ替わったり、双方が単純な分類から外れたりする複雑さがあります。
Q: 小説は戦争を自分ごととして考えるために何ができますか?
過去の惨事を説明するだけでなく、現在の生活にある暴力との共通点を実感できる形で示せます。『はくしむるち』では、いじめや若者集団、性的な画像や動画をめぐる被害など、身近に感じられる出来事から沖縄戦の場面へ接続します。その往還によって心理的な距離を縮め、終わった歴史として防御的に受け流すのではなく、今も続く構造として考える入口を作っています。
Q: 表現やサブカルチャーにはどのような力と危険がありますか?
ウルトラマンなどのサブカルチャー、絵、グラフィティ、小説は、苦しむ若者が力を得て、境界を越えながら成長する助けになります。豊永にとって書くことも、歴史へ接近し、一作を書き終えて次の段階へ進む行為です。一方、表現は簡単に危うい方向へ作用し、SNSでの発信も人をカテゴリーへ押し込む力になり得るため、巧みな表現であれば良いとは限りません。
Q: 豊永浩平が答えより問いを重視するのはなぜですか?
答えを確定すると、そこで思考が終わってしまうからです。小説は、これは良いのか悪いのか、悪いならなぜ悪いのか、本当にその考えが正しいのかという問いを差し出せます。正解となる生き方や思想への同調が求められやすい時代に、一度立ち止まり、複雑な状況を単純化せず考え続ける力を作ることが、小説の重要な役割だと捉えられています。
Q: 現代に残る暴力の構造とは何ですか?
人を一本の線で区切ったり、密閉された空間へ閉じ込めたりする中で力が醸成され、上から下へ伝わっていく構造です。作品では、その具体的な形として、いじめ、軍隊、旧日本軍、アメリカ兵などが検討されています。暴力は特別な悪人だけの行為ではなく、気づけば自分も加担し、誰かの背中を押して構造の中へ送り込む可能性があるため、常に自分との関係を問う必要があります。
Summary & Key Takeaways
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豊永浩平は、生まれ育った沖縄を現実感のある文学として書くには、沖縄戦と戦後に残された傷を避けられないと語る。ただし戦時中だけを切り離して描けば、歴史は教科書の中の終わった話になり、現代の書き手や読者から遠ざかる。そのため『はくしむるち』では、現代の若者が経験するいじめや性的な暴力、若者集団の危うさと、約80年前の少年兵の経験を交差させ、過去から現在へ持ち越された暴力を検討した。
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作品が二人称で進むのは、読者を安全な傍観者の位置に置かず、歴史から呼びかけられている感覚を生むためである。沖縄にある、祖先や死者に見られているという感覚も構成の背景にあり、現在を生きる人間と過去の人間をつなぐ方法として「君」や「お前」が選ばれた。歴史上の死者も現代人と同じような存在だったと想像させ、戦争を自分の実感へ引き寄せることが狙いとされている。
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豊永は、ヒーローを単純な正義として描くことにも警戒する。人情や格好よさを備えた人物が暴力と結びつくことがあり、ヒーロー像は戦争やメディアのイデオロギーに利用される可能性もあるからだ。小説の役割は明快な答えを提示することではなく、本当に正しいのか、悪いならなぜ悪いのかと問い続けることにある。表現やサブカルチャーには境界を越える力がある一方、人を分類し、危うい方向へ押し込む力もある。
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