この本を執筆するというのは私個人の旅の一部であり、三〇年以上前、私が二十代前半の頃に始まった。
それまで自分が死ぬなんて考えたこともなかった。マラリアにかかった経験は、私の人生のさまざまな側面を形づくることになった。 その後の数カ月で、自分の人生で何を成し遂げたいのかを考え始めるようになった。自分が本当に死の床についたとき、どんなふうに感じたいのか。もしマラリアで死んでいたら、それまでの人生をむだにしてしまったと、がっかりしただろう。私は心に決めた。自分が死ぬときには、人生を振り返って楽しかった、何かを成し遂げたと最後に思って旅立ちたい、と。この頃には、自分は神を信じないと決心し、新たな知識を見つけ出す方法として科学を全面的に活用するようにもなっていた。人生を終える頃までには、自分が存在している理由、短い生涯のあとに消えようとしている個性を形づくった理由を十分に理解したいと心に決めた。科学者になりたいと決心したのもその頃だ。
それからというもの、私は自分の存在について考え、それを研究して過ごしてきた。多くの科学者は、人間や動物の苦痛を和らげる方法、生活水準を向上させる方法、気候変動など人類への脅威に対処する方法などの研究を通じて、社会に貢献したいと考えている。しかし、私の動機はもっと個人的なものだ。自分が存在する理由や、ここまで来るために何が起きなければならなかったのかを理解したいというだけである。
生命の歴史を理解するうえで役立つ化石記録は少なく、たいていは断片的だ。太古の生物で死後に化石になる個体はごくわずかしかない。たとえば、ティラノサウルス・レックスの場合、これまでに三二点の成体の化石が発見されている。T・レックスは大きな骨と歯をもつ大型動物だ。動物の体のなかで、歯や骨は最も化石として残りやすい部分である。三二点という数はいくつかの種に比べれば十分に多いと思う読者もいるかもしれないが、この恐ろしい大型恐竜は二五〇万年にわたって地上を歩き回っていた。古生物学者の推定では、全部で二五億頭のT・レックスが地球上に生きていたと考えられている。化石として残った割合を現在生きている人間に当てはめてみると、私たちのなかでたった一〇〇人ほどしか六六〇〇万年後に化石として残っていないことになる。これは現在生きている人間の〇・〇〇〇〇〇一二八パーセントしか化石にならないということだ。
あなたもまた、大量のデータを生成している。携帯電話が基地局と通信しているときにもデータは生まれているし、歩数や上った階段の数も携帯電話に記録されている。ソーシャルメディアへの投稿、そして閲覧している投稿も閲覧記録のネットワークを生んでいるし、クレジットカードやデビットカードの取引もすべてデータを生成している。人類は推定で毎日一兆一四五〇億メガバイトのデータを生成しているという。このデータ量を想像するための比較として伝えておくと、この本(英語の原書) に収録された一三万余りの単語は、データ量としては〇・五メガバイトにも満たない。
中性子と陽子はクォークからできている。クォークどうしは「強い核力」と呼ばれる力によってひとつにまとまっている。また、この力によって陽子と中性子が結合して原子核を形成している。強い核力は中性子と陽子が離散するのを防ぐほか、クォークどうしが離れ離れになるのも防いでいるのだ。強い核力が存在しなかったら、原子核も存在しないし、生命も存在しない。
弱い核力なんて日常生活にほとんど関係ないと思う読者もいるかもしれないが、この力がなければ太陽の活動の原動力となっている核融合は起きなかった。核融合は弱い核力によって起きる。この力があるから、太陽では水素の同位体からヘリウムが生成され、熱と光という形で膨大な量のエネルギーが生じるのだ。弱い核力がなければ、この宇宙は暗黒だっただろう。弱い核力がなければ、生命もない。
原子核のまわりで動き回るぼんやりとした電子は、化学者が英語で orbital(オービタル) と呼ぶ軌道上に位置している。この電子を所定の場所にとどめているのが、電磁力だ。電磁力が存在しなければ、電子は原子核から離れていってしまい、原子はこの世界に存在しなかっただろう。
化学反応が起きたとき、原子どうしは電子を共有あるいは交換し合う。そのとき作用するのが電磁力だ。原子どうしが電子を共有すると、分子が形成される。分子でできているなじみ深い化合物の一例として、水がある。水分子は二個の水素原子と一個の酸素原子が電磁力で電子を共有して結合している。二酸化炭素、メタン、鉄のさびも分子の例だ。分子にはじつに多種多様な形があるが、どの分子も原子からなり、それぞれの原子は陽子と中性子、電子でできている。電磁力がなければ、原子も分子も存在しない。
重力は物体どうしを引き寄せ合う。つまり、原子を含め、質量のある物体にはひとつにまとまる傾向があるということだ。重力は小さな物体だけでなく、大きな物体にも影響を及ぼす。月が地球のまわりを回り、地球が太陽のまわりを公転し、そして太陽が銀河の中心のまわりを回り続けているのは重力があるからだ。あとで触れるが、地球は一年かけて太陽のまわりを一周し、月は二七日かけて地球のまわりを一周する。そして、太陽と太陽系はおよそ二億五〇〇〇万年かけて天の川銀河の中心のまわりを一周する。私たちは銀河の中心を周回する恒星のまわりを回る岩石の上にいるということだ。このダンスを持続させているのが重力であり、重力がなければ、生命は存在せず、太陽もなく、地球も月もなかっただろう。
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