6歳でボカロに出会い、 14 歳で「歌ってみた」動画を初投稿したあの日は、私の人生を変える分岐点になった。
私は、これまで誰かに「勝った」と思ったことがない。外見も勉強も、人とは比べようがない。けれど、歌うことだけは私の誇りだった。どんな逆風が吹いても、私は「歌い手」でありたかった。
「これまでの学生時代、青春らしい思い出なんて、なんにも無かったんです。このままだと学生時代の思い出を将来聞かれた時に、私は何も答えられない。だから、どうしても 10 代のうちに爪痕を残したいんです。コロナでワンマンライブは諦めました。だから、違う夢、目標を掲げました」 「何?」 「私、高校生のうちにメジャーデビューがしたいです」
私が初めて心から信頼した大人は、千木良さんだ。 正直なことを言うと、親には頼りたくない。切っても切れない関係の肉親だからこそ、その存在は重くのしかかる。もちろん、生活の面倒を見てもらっていることに感謝は尽きない。でも、どんなことも相談できて、悩みを話せる大人は、私にとって千木良さんしかいなかった。
この人のもとで、売れたいな、無理かな、でも、売れたらいいな。
物議を 醸すことは、時代へインパクトを残すこと。
いつもなら「どうせ無理に決まっている」と否定の気持ちが先に出て、なりたい気持ちなんてすぐに打ち消してしまうのに、なぜかそうならなかった。 好きなことに没頭するうちに、否定の声を押しのけるように「やってみたい」が前に出る。気づけば、欲しいものへ手を伸ばす意志が、私の中で驚くほど大きくなっていった。
わたくし、Adoは、本気で世界を目指しに行きます。 その言葉に続けて、まだ日本のアーティストが誰もやっていない規模のワールドツアーの開催や、そしていつの日かグラミー賞を獲る、という目標も宣言した。
『心臓』のMCを書いたのは、ワールドツアーが終わって休みをもらった時だった。家のソファに寝転びながら、スマホのメモに素直な気持ちを書き連ねた。まずは思いつくままに言葉を置き、それを読み返し、声に出しては直していく。おおまかな文章自体は1、2日で完成したけれど、そこからが本番だった。毎回見返すたびに「ちょっと違う」「この言い方はダサい」と感じ、何度も手を入れる。 一文一文に「本当にこれでいい?」と問いかけながら、数日かけて磨き上げた。そしてそれを覚え、リハーサルのたびに口に出して、思いを声に出して届ける練習を繰り返した。
国立の次に、私は何を見るべきなのか。何を見せるべきなのか。 「心臓はすごかったね」 「あれがAdoの頂点だね」 そう言われるのはうれしい。けれど、それで終わりだと思われるのはいやだった。ここがピークではないと示すには、誰も見たことのないものを見せるしかない。 その時、ルーブル美術館の『モナ・リザ』を思い出した。 ワールドツアーの合間のパリ旅行中。あの絵を見るために人が押し寄せ、展示室の中央でスマホが一斉に掲げられていた。無数のレンズが一点に向けられる光景に圧倒されながら、私もなんとなくスマホを構えた瞬間、ふと疑問が生まれた。 世界中の人が彼女を知っているのに、絵の中で描かれているのは正面の顔だけ。こんなにも有名なのに、誰も彼女の横顔を知らない。モナ・リザの横顔は、誰も見たことがない。 では、Adoの横顔とはなんだろう。まだ誰にも見せていない私の一面を、次のツアーで見せられるのではないか。
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