はじめに 大学で心理学や脳科学を教えていると、中高生や一般の方からメールや電話で質問を受けることがよくあります。そして最近は、探求学習に取り組んでいる高校生のグループから、インタビューをZoomなどオンライン会議のシステムで受ける機会が増えました。その 都度、ウェブカメラに映る高校生の皆さんの若くて元気な様子をまぶしく眺めながら、同時に、その頃からずいぶん時間が経った自分
本書は、探求学習に取り組む高校生の皆さんにはもちろんのこと、誰にとっても毎日の生活に 必須 である記憶について、これまで明らかになっている脳科学的・心理学的知見に基づき、わかりやすく解説します。研究に関するアカデミックな内容と、身近な問題に関わる実用的な内容を取り混ぜながら、記憶とはどのようなもので、それを脳がどのようにつくり保管しているのか、
「記憶と脳」の研究には、心理学的なアプローチと脳科学的なアプローチがあります。前者は、行動を測定する実験から脳の中で起きていることを 推測 し、後者は、脳という物体をさまざまな手法で直接調べます。この二つのアプローチを活かしあうことが非常に大切です。
記憶は日常でよく使われる用語ですが、念のため意味を調べてみますと「外部の刺激や自身の経験を脳に取り込んで 留めておき、あとで取り出す働き」などと説明されることが多いようです。つまり記憶には、取り込む(覚える)→留める(保持する)→取り出す(思い出す)、という一連の働きが含まれています。
外界の刺激や自身の経験がそのまま脳に写され保たれている状態を思い浮かべがちですが、決してそうではありません。 17 世紀の有名な哲学者デカルトは、記憶とは脳に 刻印 された 痕跡 であると言いましたが、それもまちがいです(
保持されている記憶は、外界の刺激や自身の経験などを情報として、脳がつくっています。それらの情報は、感覚記憶→短期記憶→長期記憶という三つのプロセスを流れていくのですが( 図1‐2)、その間に変換され姿を変えていきます。
まず最初の感覚記憶( 秒〜数秒間)の中から、特に注意を向けられたものだけが次の短期記憶に送られます。このとき、たとえば皆さんが紙に書かれた英単語に注意を向けて覚えようとしたとき、ほぼ自動的に心の中で発音していると思います。あるいは、赤い色を覚えるために注意を向けたとき、心の中で「あか」と言っているでしょう。これはどちらも、眼で見た視覚情報を音や言語に変換
次の短期記憶は、情報を数十秒間だけ保持しますが、覚えたい情報を心の中で繰り返すことで、より長く保持できます(このとき、手近な目的のためさらに長く保持し、目的を終えたら消してしまう作業記憶というプロセスが使われることもあります)。そして短期記憶の中からより重要な情報だけが、最後の長期記憶に送られる
長期記憶は短期記憶と比べると安定しており、すぐには消えない状態です。そのため、長期記憶をつくることを「記憶を固定する」と言うことが多いです。つまり、記憶は意味に変換され固定されているということですね。この意味という用語は、文章の意味を指すだけではなく、心理学ではもっと広い使い方をします。
どうやら記憶は概念ネットワークとして存在しているらしいのですが、私たちがある刺激や経験を思い出すとき、それらをつくっている個々の概念を思い出すわけではありませんね。その刺激や経験そのものを思い出すはずです。ということは、何かを思い出すとき、それを概念ネットワークから再構成していることになります( 図1‐4)。










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