Inspiration

後世への最大遺物

内村鑑三が1894年に語った、一つの人生を超えて真に残るものとは何か。そしてGlasp創業のミッションに影響を与えた一冊について。

55分で読める
重要なポイント
    • 4つの遺物: 内村は、金銭、事業、思想、そして高潔な生涯を、後世に残すべき遺物として挙げています。
  • 善のための金銭: 目的を持って蓄えた富は、孤児院や学校、個人の寿命を超えて存続する施設の設立に役立ちます。
  • 社会に貢献する事業: トンネル建設や村落改良のような事業は、地域社会に永続的なインフラを残します。
  • 思想はあらゆる障壁を超える: 書かれた思想は富も地位も必要とせず、一冊の書物が文明全体を変えることもあります。
  • 勇ましい生涯こそ最大の遺物: 誠実に生き、苦難を乗り越えることは、物質的な遺産以上に後世の人々を鼓舞します。
  • Glaspの由来: 「Greatest Legacy Accumulated as Shared Proof」という名前は、まさにこの講演の精神から生まれています。

この記事について

ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、GLASPは「Greatest Legacy Accumulated as Shared Proof」の略です。Glaspを通じて、人々の学びや学びに対する姿勢が公開・共有され、他の人々や後世に受け継がれていくことを私たちは願っています。

この考えと願いは、私たち自身の経験に基づく部分もありますが、これからご紹介する一冊の本から大きな影響を受けています。この本は、日本のキリスト教者である内村鑑三が1894年に行った講演を書き起こしたもので、1897年に出版されました。私たちはこの本から強い影響を受け、何度も読み返してきました。そしてGlasp創業にあたり、皆さまにもぜひ読んでいただきたいと考え、翻訳・公開することにしました。以下がその内容です。日本語の原文はこちらでご覧いただけます。(※著作権上の問題がないことを確認しています。)

この本の中で、著者は後世に残すべき4つの遺物として、金銭、事業、思想、そして高潔で勇ましい生涯を挙げています。


序論

夏であります、そうして私どもはこの山の絶頂におります。手を振い足を飛ばして少し私の血に熱を加えて諸君の血を流通させるのも宜しいのでありますけれども、私はそういうことを好みませんし、諸君もまたそれを好まれないだろうと思います。それで、この講壇者はキリスト教の弁士が基督教の大会に座って話をする嚆矢であるかも知れません(一同笑い)が、こうした方が私の目的にかなうなら、私は前例を破ってここに座って皆さんにお話ししようと思います。これもまた破壊党の一つの行いと思ってください(拍手)。

そこで私は本日の題を「後世への最大遺物」と致しました。この題目について私の考えと感情とをすべて書くとすれば、通常の一時間よりも長くなるかもしれません。もし長くなって退屈でしたら、どうぞお帰りになって構いません。私が疲れましたら休憩をお願いするかもしれません。長くなりすぎたら、明日の朝一時間ありますので、その時に申し上げるかもしれません。東京やその他の騒々しい場所で皆が興奮している時のように、このように清く静かな場所で騒々しい演説をしたくはありません。ここで皆さんにお会いし、思いを語り、ご質問にお答えするためにここに来ました。

さて今日の題目、「後世への最大遺物」とはどういうことでありますか。この問いかけは数ヶ月前にある人と話をしている時に浮かんだものです。私は最近、夏の時期を快適に過ごしたいということだけでなく、一年の間に何かを蓄えて後世のために残したいという思いで、この夏の学校に出席しています。ですから、今年も残り半年しかありませんが、私自身で今年一年の間に後世に遺すことができるものを蓄えたかどうかを考えてみたいのです。

今年は去年よりもどれだけ多くの遺物を蓄えたでしょうか。今年は後世のために何か良いことができたでしょうか。後世に残るような仕事をしたでしょうか。もし諸君がこの問いに満足に答えることができるなら、今年の夏の学校に来たことは大いに価値があったと言えるでしょう。

私は常にこう考えます。人は誰でも後世に何かを残したいものです。誰でも心の中に、この人生が終わった後にも何かを残しておきたいという願いがあるものです。後世に何も残さなくてよいというのは、人間の実質に反する考えです。今日まさにこの夏の学校のために山に登ってきた皆さんも、後世に何かを残したいという願いがおありでしょうし、私もまたその願いを持ってここに参りました。


遺物としての金銭

それでは後世に残すべきものとして第一に何があるでしょうか。第一に考えられるのは金銭であります。金銭と聞くと品のない話のように思われるかもしれませんが、金銭には深い意味があります。金銭を蓄えることは悪いことではありません。金銭の蓄え方によっては、それは大変立派なことにもなりえます。

世の中に慈善事業というものがあります。孤児院であるとか、学校であるとか、病院であるとか、そういったものは皆金銭によって建てられたものです。世界の歴史を見ますと、お金を蓄えて後世のためにそれを使った立派な人がたくさんおります。

金銭を蓄えてそれを正しい目的のために使うということは、確かに後世に残すべき一つの遺物であります。しかしながら、誰にでも金銭を蓄える能力があるわけではありません。金銭を蓄える才能のある人もあれば、そうでない人もあります。

世界の歴史に名を残す大富豪たちは、多くの場合、金銭を蓄える特別な才能を持っていた人々です。彼らは勤勉で節約家であり、賢明な判断力を持っていました。彼らの中には、蓄えた富を善のために使い、孤児院や学校や病院を建て、後世に大きな遺物を残した人々がいます。

しかし、すべての人が金銭を蓄えることができるわけではありません。金銭を蓄えることができない人にとっては、金銭以外の方法で後世に遺物を残す道を探さなければなりません。

金銭を蓄えるにあたって一つ大切なことがあります。それは、その金銭が正当な方法で蓄えられなければならないということです。不正な手段で得た金銭は、いかに多額であっても、それは後世への遺物とはなりえません。正当に蓄えた金銭を公共の目的のために使うこと、これが金銭を遺物として残す正しい方法であります。

例えば、Peter Cooperは靴職人から身を起こし、ニューヨークに有名なCooper Unionを設立しました。彼は勤勉と節約によって財を成し、それを公共の教育のために使いました。Stephen Girardもまた、フランスからアメリカに渡り、自らの努力で大きな財産を築き、それをフィラデルフィアの孤児のための学校の設立に捧げました。James Lickは天文台を建設し、後世に科学研究のための遺産を残しました。

これらの人々は、金銭を蓄えることで後世に大きな遺物を残した素晴らしい例です。しかし、繰り返しますが、すべての人が金銭を蓄える能力を持っているわけではありません。金銭を蓄えることができない人には、他の方法で後世に遺物を残す道があります。


遺物としての事業

第二の遺物は事業であります。事業もまた後世に残すべき立派な遺物です。事業とは何かを行うこと、何かを成し遂げることです。

例えば、トンネルを掘ること、道路を作ること、橋を架けること、村を改良すること、これらはすべて事業であります。事業を通じて人々は後世に大きな遺物を残すことができます。

金銭を蓄えることができない人でも、事業を興すことはできます。事業には金銭ほどの元手は必ずしも必要ではありません。意志と努力と知恵があれば、誰でも何らかの事業を起こすことができます。

世界の歴史には、事業を通じて後世に大きな遺物を残した人々がたくさんおります。日本においても、道路を開き、橋を架け、堤防を築き、村落を改良した人々は、後世に大きな遺物を残したのであります。

事業もまた後世に残すべき立派な遺物でありますが、しかし事業もまた誰にでもできるものではありません。事業を起こすには、ある種の才能と環境が必要です。事業を起こす機会に恵まれない人もあれば、事業を起こす才能を持たない人もあります。

それでは、金銭を蓄えることもできず、事業を起こすこともできない人には、後世に何も残す道がないのでしょうか。いいえ、そうではありません。まだ他に後世に残すべき遺物があります。


遺物としての思想

第三の遺物は思想であります。思想を後世に残すこと、これはまた大変素晴らしいことであります。

思想を残すとはどういうことでしょうか。それは自分の考えを書き物として残すことであります。本を書くこと、論文を書くこと、これが思想を後世に残す方法であります。

思想を残すことの素晴らしい点は、金銭も地位も必要としないということです。一冊の本が文明全体を変えることさえあります。古来、偉大な思想家たちは必ずしも裕福であったわけではなく、高い地位にあったわけでもありません。しかし彼らの書き残した思想は、何世紀にもわたって人々に影響を与え続けています。

聖書を書いた人々は裕福だったでしょうか。彼らの多くは貧しい漁師や羊飼いでした。しかし彼らの書いた言葉は、二千年以上にわたって世界中の何十億という人々に影響を与えてきました。

John Bunyanは獄中で「天路歴程」を書きました。彼には金銭もなく、地位もなく、自由さえもありませんでした。しかし彼の書いた一冊の本は、何百万という人々の心を動かし、人生を変えてきたのです。

Thomas Carlyleは言いました、「良い本は過去の偉人たちの心の血であり、注意深く保存され、後世への遺物として蓄えられたものである。」その通りであります。良い本を書くことは、後世に残すことのできる最も素晴らしい遺物の一つであります。

しかし、ここでもまた問題があります。すべての人が本を書けるわけではありません。すべての人が偉大な思想家であるわけではありません。文才のある人もあれば、そうでない人もあります。

それでは、金銭を蓄えることもできず、事業を起こすこともできず、思想を書き残すこともできない人には、後世に何も残す道がないのでしょうか。いいえ、まだ一つ、そして最も大切な遺物が残っています。


遺物としての高潔で勇ましい生涯

第四の遺物、そして私が最大の遺物と考えるものは、高潔で勇ましい生涯であります。

金銭がなくても、事業を起こせなくても、本を書けなくても、誰でも勇ましく高潔な生涯を送ることはできます。これこそが後世への最大の遺物であると私は信じます。

勇ましい生涯とは何でしょうか。それは困難に立ち向かい、苦難を乗り越え、正義のために戦い、誠実に生きることであります。そのような生涯は、後世の人々に勇気と希望を与えます。

私はThomas Carlyleの書物を大いに愛読する者です。Carlyleを嫌う人もおりますが、私はCarlyleという人を全体として大変尊敬しております。彼の書物を読んで多くの恩恵を受け、鼓舞されてまいりました。しかし、Thomas Carlyleが書いた40冊の書物を読み通し、それをCarlyle自身の生涯と比べてみると、Carlyleの著作にはそれほどの価値がないように思います。先日Carlyleの伝記を読んだ時にこのことを改めて感じました。ご存知のように、Carlyleが書いた最も有名な本はフランス革命史です。ある歴史家は「歴史の叙述と文体において、Carlyleの『フランス革命史』はおそらくイギリス人によって書かれた最良のものであり、最良でないとしても最良のものの中に入るべきである」と言いました。この本のすべての読者が同じことを感じるでしょう。この本は百年前のフランス革命の出来事を生き生きとした絵のように私たちに見せてくれます。偉大な画家が描いたかのようですが、同じようには書けないでしょう。私たちはこの本を高く評価しています。Carlyleが私たちに残してくれたこの本にまことに感謝しております。しかし、Carlyleがフランス革命について書いた生涯の実験を見ると、この本よりもさらに価値あるものがあるのです。

長い話ではありますが、ここでお話しすることをお許しください。この本を書くことはCarlyleにとってほぼ一生の仕事でした。「革命史」を見れば、このくらいの本は誰にでも書けそうに思えるかもしれません。しかし、広範な歴史研究と幅広い資料収集の結果であり、まさにCarlyleが生涯の血をもって書いた本であります。何十年かかったか忘れましたが、ついに彼が望む通りの本を書き上げました。そして本は原稿となり、罫紙に書かれました。出版できる時が来るだろうと思いながら待っておりました。Carlyleの友人が訪ねてきた時、Carlyleはこの本の話をしました。友人は「これは大変良い本だ、今晩読ませてくれないか」と言いました。Carlyleは自分の書いたものが退屈なものだと思い、誰かの批評を求めたいと思っていたので、それを貸しました。

貸した後、友人はそれを家に持ち帰りました。友人の友人が訪ねてきて、それを手に取り読んで、「これは面白い本だ、今晩読ませてくれないか」と言いました。そこで友人は「明朝早く持ってきてくれるなら貸しましょう」と言って貸しました。その人は本を自分の家に持って帰り、一生懸命読んで、夜明けまで読み、明日の仕事の妨げになると思い、本を机の上に置いて眠りました。翌朝、彼が目覚める前に、召使いが家に来て、主人が起きる前に暖炉に火をつけようとしました。ご存知のように、西洋では紙を焚き付けの代わりに使います。そこで良い紙はないかと探したところ、机の前にたくさん広がっているのを見つけ、これはちょうどよいと思い、全部丸めて暖炉に入れ、火をつけて燃やしてしまったのです。何十年もかけたCarlyleの「革命史」を燃やしてしまいました。時計で三、四分のうちに煙となって消えてしまったのです。

友人がこのことを聞いた時、大変驚きました。何とも言いようがありません。もし他のものなら、紙幣を燃やしたなら弁償できます。家を焼いたなら建て直すこともできます。しかし、情熱的な思想の産物であり、何十年もの情熱的な努力をかけて書いたものを焼いてしまったことの償いは、何をもってしてもできません。死んだものは生き返りません。彼らは腹を切りましたがそれで終わりでした。友人にこのことを伝えましたが、友人もどうすることもできず、一週間黙っていました。何を言えばよいか分かりません。仕方がないので、Carlyleに伝えました。

Carlyleは十日ほど呆然として何もしませんでした。Carlyleほどの人でも同じように感じたに違いありません。そして怒りが込み上げてきました。大変短気な人でしたので、非常に怒りました。その時は歴史のことはそっとしておいて、何の役にも立たないつまらない小説を読んでいました。しかしそのうちに我に返って言いました。「Thomas Carlyle、お前は馬鹿だ。お前の書いた『革命史』は少しも貴くない。第一に貴いのは、お前がこの苦難に耐えて再び筆を取り、それを書き直すことだ。それについて落胆している人間が世に出す『革命史』は何の価値もない。」彼は自分を奮い立たせ、再びその本を書き上げました。

話はそれだけのことであります。しかし、あの時のCarlyleの心の中に入ってみると、思索に満たされます。Carlyleの偉大さは、「革命史」という本を書くために書き直したのではなく、火で焼かれたものを書き直したところにあるのです。たとえその本が残らなかったとしても、彼は確かに後世に大きな遺物を残しました。たとえ失敗しても、たとえ運が悪くても、Carlyleは私たちの力を回復させ、事業を放棄してはならない、勇気を奮い起こしてそれに立ち戻らなければならないと思い出させてくれるという意味で、私たちに大きな遺物を残してくれたのです。

私たちの時代の害悪は何でしょうか。金銭の不足、わが国の事業の少なさ、そして良い本の不足、確かにそうでしょう。しかし、日本国民が互いに必要としているものは何でしょうか。本の不足でしょうか、金銭の不足でしょうか、事業の不足でしょうか。もちろん、これらのものの不足はあります。しかし、考えてみますと、今日最も重要な欠乏は生涯の欠乏であります。だからこそ昨今、学問と教育、言い換えれば文化(修養)という考えにこれほど駆り立てられているのです。何としても学ばなければならない、何としても青年のために学問に投資しなければならない、後世のために教育し教えなければならない、と心配しているのです。もちろん、これは大変良いことであります。

もし私たちが百年後に生まれたと仮定して、1894年の人々の歴史を読んだならば、どのように感じるでしょうか。学校や教会や青年館を建てるためにアメリカに金を取りに行った人々の名前を読むと、この人々がアメリカに行って金を得てそれを建てた、あるいはこの人々がこういう運動を通じてそれを建てたということが分かります。これを読む時、私たちは「ああ、私にはそんなことはできない、今からアメリカに行っても金は得られないし、他の人々のように協力する力もない。そんな真似はできない。そんな事業はできない」と思い、がっかりするかもしれません。つまり、私が五十年後あるいは百年後の人間だとしたら、今の時代から学校を受け継いだかもしれない、教会を受け継いだかもしれない。しかし、私を働かせる原動力は受け継がなかったでしょう。重要なものは何も受け取らなかったでしょう。

しかし、ここに一つのつまらない教会があるとして、そのつまらない教会の建物を売れば、ごくわずかな金にしかならないかもしれません。しかし、その教会の歴史を聞いた時、仮にその歴史がこのようなものだったとしましょう。……この教会の建設者は非常に貧しい人で、学問もほとんどない人であった。しかしこの人はすべての贅沢を断ち、すべての情欲を捨て、自分の力だけでこの教会を建てた……。このような歴史を読む時、私に勇気が湧いてきます。あの人にできたのなら、私にできないことはない、私も一つやってみよう、と。

近代の日本の英雄、いえ世界の英雄とも言うべき人の話をしたいと思います。世界の英雄の中に、私たちが今滞在している箱根山の近所に生まれた二宮金次郎という人がおりました。彼の伝記を読んだ時、私は大きな感動を覚えました。二宮金次郎先生には大変な恩義があります。彼の事業は日本全国に広がったわけではありません。彼の業績をすべてまとめても、二十か三十の村の人々を救ったにすぎません。しかし、この人の生涯が私にとって、また今日の日本の多くの人々にとって、なぜこれほどの恩恵をもたらしたのでしょうか。それは、この人が事業という遺物だけでなく、生涯という遺物を残してくれたからにほかなりません。

彼の生涯の話はすでにご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、少しお話しさせてください。二宮金次郎は14歳で父を失い、16歳で母を失いました。家は貧しく何もなく、大変残酷な叔父のもとに預けられました。一銭の持ち合わせもなく、家の財産は悪い状態でした。弟が一人、妹が一人おりました。一銭もない孤児でした。どうやって生計を立てたでしょうか。叔父の家にいて叔父の手伝いをしながら、本を読みたいと思いました。そうして本を読んでいると、叔父に叱られました。この高い油を使って本を読むとは何事だ、と読ませてくれませんでした。そこで、叔父の油を断りなく使うのは悪いことだと聞き、「ならば自分の油ができるまでは読むまい」と決心しました。そして、川のそばの誰も知らない場所に行って菜種を植えました。一年かけて九升か一斗の菜種を収穫しました。それを油屋に持っていって油と交換し、その油で本を読みました。すると、また叱られました。油がすべてお前のものだとしても、本を読んでいいと思うな。お前の時間も俺のものだ。本を読むようなつまらないことをするくらいなら、その時間で縄を綯え、と。仕方なく、叔父の言う通りに昼間はすべて働き、夜になってから本を読みました。……このように大変な苦学の人でありました。

どうやって身を立てたのでしょうか。村人たちが遊ぶ時、特に祭りの日に、近くの田んぼに洪水で沼地になった場所がありました。自分の時間、つまり叔父の時間ではない自分の時間に、沼地の水をすべて排水し、小さな鍬で畑を整え、そこに稲を植えました。こうして最初の一俵の米を収穫しました。彼の自叙伝によれば、「一俵の米を受け取った時の喜びは言い表すことができないものでした。これは天が私に直接くださった最初の贈り物であり、あの一俵は私にとって百万の価値がありました。」彼はこのようにして徐々に続け、20歳の時に叔父の家を出ました。その時には米が三、四俵ありました。彼は最初に仕事を成し遂げた人でした。彼の生涯を初めから終わりまで見ると、彼はこう言いました。「この宇宙はまことに神が……いや、神ではなく天が創ったものであり、天はまことに慈悲深い存在である。天はまことに慈悲深く、ただ人類を助けたいと思っているのだ。だから、天地に身を委ね、天の法則に従えば、天は私たちが望まなくても助けてくれる。」彼はこの信念を持っていただけでなく、それを実践に移しました。

話は長くなりますが、結局のところ、彼は何万石もの村落を改良し、自分自身をすべて他人のために使い切りました。旧幕末における経済的・農業的改良において大きな功績のあった人でした。二宮金次郎先生のような人の生涯を見る時、私たちはしばしば「あの人にできたのなら、私にできないことはない」と思います。平凡な考えですが、大変貴い考えであります。そして、他人に頼らず、神と自分に頼って、宇宙の法則に従えば、世の中は思い通りになり、この世で自分のしたいことができるのだという気持ちになります。二宮金次郎の事業は大きくはなかったけれども、彼の生涯はそれ以上のものでした。私だけでなく、日本の何万という人々がこの人に「鼓舞」されてきたと確信しています。ぜひ彼の伝記を読んでください。

「少年文学」に「二宮尊徳翁」という本がありますが、つまらない本です。私が最もよく読む本は、農商務省が出した500ページほどの「報徳記」であります。ぜひこの本を読んでいただきたいと心から願います。新しい考えと新しい希望を与えてくれる本です。まるでキリスト教の聖書を読んでいるかのようです。ですから、たとえ事業という遺物を残すことができなくても、二宮金次郎に倣って、つまり自立の生涯を送るならば、まことに大きな事業を遺すことになると信じます。

時間が長くなってきましたのでそろそろ終わりにしますが、私の生涯に常に深い感慨を与えてきた一言を皆さんの前で繰り返したいと思います。私たちの仲間の一人が、マサチューセッツ州のMount Holyoke Seminaryを卒業しました。これは古い女子校です。大変良い学校です。しかし、この学校を評価するならば、特に教育と知的発展の面で、アメリカで最良の女子校とは思いません。アメリカには良い女子校がたくさんあります。Smith女子校は大きな学校です。ボストンのWellesley、フィラデルフィアのBryn Mawrもあります。しかしMount Holyoke Seminaryは世界に大きな貢献をした大変力強い学校です。この学校が(この当時は立派な状態だったと聞いていますが、最近まではこぢんまりとした女子校でした)世界を鼓舞する力を持つようになった理由は、この学校に一人の大変特別な女性がいたからです。彼女はMary Lyonという名の女性で、最高の物理学の機械、最高の天文台、最高の学者をも凌ぐ魂と精神を持っていました。彼女の生涯をここで詳しく述べることはできませんが、学生たちへの彼女の最後の言葉は、私たちの中の女性だけでなく男性をも励ますものです。私はこの女性の生涯をしばしば考えてきました。彼女は日本の侍のような女性でした。義侠心に満ちた女性でした。

人の嫌がるところへ行け。人の嫌がることをせよ。

これがMount Holyoke Seminaryの立つ基盤であります。これが世界を鼓舞してきた力であると私は信じます。他の人が嫌がることをし、他の人が嫌がる場所に行くという精神です。では、私たちは生涯においてその方向に向かっているでしょうか。私たちの多くはそういう傾向にはなく、むしろ他の人がしているから自分もしたいことをしています。「他の人がするから私もする。他の人がアメリカに金を取りに行くから私もアメリカに行く。他の人が偉くなるから私も偉くなる。最近はキリスト教が評判がいいから私もキリスト教の牧師になる。」関東に行くと、関西にはないものがたくさんあります。関東には良いものがたくさんあります。関東の方が関西より良いものが多いと思います。関東の人々は常に「我がまま」のことを話しています。意地の悪い人は鞭が曲がっていて、栗坊主の頭を見ればすぐ分かります。頭の鞭がこのように曲がっていれば、いつも意地悪です。人が右と言えば左と言い、人がここへ行けと言えばあそこへ行くと言う。これは特に上州の人に当てはまります(私は上州の出身ではありませんが)。これは尊ぶべき精神だとは思いませんが、武士の意志であります。

もしその精神を私たちから取り除いたら、私たちは臆病な武士になってしまいます。皆さんもご存知のように、徳川家康には多くの偉大な資質がありましたが、子供の頃に河原に行くと、二組の子供たちが戦って石を投げ合っていました。家康はこれを見て、家来に少ない方の組を助けるよう命じました。多い方は大丈夫だから、少ない方に行って助けよ、と。これが徳川家康の偉大さでした。いつの時代でも、正義のために立つ者は少数であります。ですから、私たちがなすべきことは、常に正しい少数者の側に立ち、その正義のために、不正な多数者に一撃を加えることであります。もちろん、これは負けている方を助けなければならないということではありません。私が求めているのは、少数者とともに戦う意志です。それが精神であります。私はそれを私たち皆に求めたいのです。今日私たちが正義の側に立つ時、少数者である私たちが正義のために立つ時、少なくともこの夏の学校に来た私たちはともに立つことを願います。そうすれば、後世の人々が私たちのことを聞いた時、「これらの人々は力もなく、富もなく、学問もなかったけれども、自分たちが持つ原理のために生涯をかけて働いた」と言うでしょう。これは誰にでも遺すことのできる生涯であると私は信じます。そして、私たちの人生がどのようなものであっても、その遺物を残すことができることを喜ばしく思います。

こういう思いが頭に浮かぶことはありませんか。もし家族の問題がなければ大きなことができたのに、もしお金があって大学を卒業して欧米に行って知識を磨いていたら大きなことができたのに、もし良い友人がいたら大きなことができたのに、と。しかし、偉大な業績とはさまざまな不幸を乗り越えることによってこそ成し遂げられるものであり、それこそが偉大な業績というものなのです。

ですから、このように考えると、私たちの前に障害があることはむしろ最も愉快なことであります。妨げが多ければ多いほど、私たちは仕事をすることができます。後世に勇ましい生涯と事業を遺すことができます。反対が多ければ多いほど面白いのです。友人がいないこと、金がないこと、学問がないこと、それが面白いのです。もし神の恩恵を受けて、信仰によってこれらの欠乏を克服することができるなら、私たちは大きな事業を遺すことになります。より熱心にそれらを克服すればするほど、後世への遺物はより大きなものとなります。もし私に多くの金があり、良い地位があり、責任が少なかったなら、大きな事業を成し遂げられるようなことは何もなかったでしょう。たとえ事業が小さくても、すべてのこうした反対を克服することによって、後世の人々は私から大いに恩恵を受けるでしょう。さまざまな不便と反対を克服することこそが、私たちの大きな務めであると信じます。ですから、ヤコブのように、私たちは遭遇する苦難に感謝すべきだと信じます。

私の言葉は大変込み入っており、時間も限られておりますので、考えのすべてを述べることはできません。しかし、これにてお暇をいただき、山を下りたいと思います。来年またお会いする時のために、いくつかの遺物は残しておきたいと思います。今年の後にまたお会いする時に、何かを残した、今年は後世のためにこれだけのお金を蓄えた、今年は後世のためにこれだけの仕事をした、あるいは雑誌に自分の考えについての記事を書いた、と言えればよいのですが、それよりもさらに良いのは、後世のために弱い者を助けた、後世のためにこれだけの困難を乗り越えた、後世のためにこれだけ人格を磨いた、後世のためにこれだけ義侠心を発揮した、後世のためにこれだけの慈悲を克服した、と言えることです。こうした話を持ち寄って、ここに再び集まりたいと思います。

もし年々この心構えで前進し続けるならば、私たちの生涯は五十年六十年の生涯ではなく、水の端に植えられた木のように、徐々に芽を出し枝を伸ばしていくものとなるでしょう。竹に木を接ぎ、木に竹を接いだような、成長の少ない価値のない生涯ではありません。日々私の心を慰め、すべてのことに励ましてくれるこのような生涯を送ることが、私の最大の望みであります。もう一つの主題である「真面目でない宗教者」については、時間がありませんので述べません。しかし、私が生きている精神については、すでに十分にお話ししたと思います。

真摯な信者は、自分の信じることを実行します。ただ大言壮語するだけなら誰にでもできます。いくら神学を勉強しても、いくら哲学を読んでも、自分の信じる原理を真剣に実践する精神がない限り、神は私たちにとって異教の神であります。ですから、神が私たちに示されたことをそのまま行わなければなりません。自分がなすべきだと思うことをすべてなさなければなりません。正義は最後に勝ち、不義は最後に敗れると世に宣言するなら、その通りに行わなければなりません。これが私の言う真摯な信者であります。後世に遺すべきものが何もなくても、後世に覚えられることが何もなくても、せめてこの世に生きている間、誠実な生涯を送ったということを後世に遺したいものであります。(拍手)

この書籍は原文にできる限り忠実に翻訳されています。著者が故人であること、差別的意図がないことを踏まえ、翻訳の提示にあたっては内容を変更せず、そのまま掲載しています。


よくある質問

内村鑑三とはどのような人物ですか?

内村鑑三(1861-1930)は、日本のキリスト教著述家、伝道者、教育者です。無教会主義運動を創始し、独立したキリスト教思想で知られていました。この講演は1894年に夏期学校で行われ、1897年に出版されました。

内村が述べた4つの遺物とは何ですか?

内村は後世に残すべき4種類の遺物を挙げています。金銭(公共の利益のために目的を持って蓄えたもの)、事業(地域社会に貢献する事業やインフラ)、思想(個人の寿命を超えて残り得る書かれた思想)、そして高潔で勇ましい生涯(他者の模範として誠実に生きること)です。

なぜこの講演はGlaspにとって重要なのですか?

「Glasp」という名前は「Greatest Legacy Accumulated as Shared Proof」の略であり、内村のメッセージから直接着想を得ています。私たちの学び、思想、ハイライトを後世のために公開して共有すべきだという考えは、GlaspのウェブハイライターYouTube Summaryツールの核心的なミッションです。

原文の日本語テキストはどこで読めますか?

原文の日本語テキストは、日本のパブリックドメイン電子図書館である青空文庫で閲覧できます。内村は1930年に逝去しており、作品はパブリックドメインとなっています。

今日の知識共有とどのように関係していますか?

内村は、思想は富も社会的地位も必要としないため、最もアクセスしやすい遺物であると主張しました。今日、Glaspのようなツールにより、誰もが自分の学びやハイライトを公開して共有し、内村が思い描いた「最大の遺物」の現代版となる集合的な知識基盤を作ることが可能になっています。

「高潔で勇ましい生涯」とはどういう意味ですか?

内村はこれを遺物の最高の形と考えていました。彼は困難を克服し、不人気であっても正義のために立ち、誠実に生きた人々を描いています。金銭や事業とは異なり、勇ましい生涯には何の資源も必要なく、自らの原理に基づいて行動する意志だけが必要です。彼は二宮金次郎やMary Lyonなどを例として挙げています。

この記事の重要な一節をハイライトして保存できますか?

はい。Glaspのウェブハイライターを使って、心に響いた一節をハイライトしてください。あなたのハイライトは公開学習プロフィールの一部となり、他の人々がこの時代を超えた講演を発見する手助けになります。また、GlaspのAIチャットでハイライトを整理し、後で重要なアイデアを振り返ることもできます。

この記事を他の人と共有するにはどうすればよいですか?

記事のリンクを直接共有するか、Glaspを使ってお気に入りの一節をハイライトすることができます。Glaspでハイライトすると、あなたの選択がコミュニティフィードに表示され、他の人があなたが最も印象的だと感じた部分を簡単に見つけられるようになります。


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