Apr 05, 2026
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Slack で質問を受けるのはいつものことだ。
ただ最近は、スレッドを開いても、読み切れないまま1日が終わることが増えた。まだ何も返していない。前後の文脈を追って、誰がどこまでわかっていて、何を聞きたいのかを探って、長いスレッドの中から論点を拾って、関係する人や前提を頭の中で並べ直して。そこまでやって、ようやく自分の考えを返せる。でも、そこにたどり着く前に日が暮れてしまう。
答えること自体が重いのではない。答える手前のところで、ずっと削られている。
この状態をどうにかしたくて、手を動かそうとしたことがあった。以前から考えていた Personal Agent や Thinking Proxy を実際に作ってみようとしたのだ。外から来るものを整形する役割と、自分の中の飛躍を翻訳する役割。どの摩擦を残してどの摩擦を捨てるか、自分のどこまでを AI に通してどこから先を生身で引き受けるか。その境界線を構造として持てれば、この交通整理から抜け出せるかもしれないと思った。
ここまでの経緯
摩擦の境界を自分で引く——Personal AgentとThinking Proxyという実験
ところが、壁は二つ同時に来た。
ひとつは技術的な壁だった。Bot や OAuth ベースの接続でできることは多い。でも、自分が欲しかったのは、単に Slack やメールにアクセスできる存在ではなかった。100% 自分のアカウントとして、世界から流れ込んでくる文脈を受け取って、そのまま自分の代わりに流してくれる Proxy のようなもの。ところが、実際に作ろうとすると、そこまでの連続性は今の仕組みでは作れなかった。権限の問題でもあるし、そもそも存在のつながり方の問題でもあった。
もうひとつは、目の前の現実だった。分身を設計している間にも、Slack のスレッドは溜まり続けていた。作ろうとしていた側も、守ろうとしていた側も、同時に詰まっていた。
そのとき、少し見え方が変わった。
外に完璧な分身を置こうとしていたけれど、それよりも 自分自身をAIに少しずつ憑依させていく ほうが、今の自分にも、今の時代の道具の形にも、合っているのかもしれない、と。
なんとかして、Agentを外に出せないかと思い、AIエージェントの比較を調べさせ、読みながら、それぞれの「ツールの役割」の違いを見ていた。
けれど、自分が欲しかったのは万能のエージェントではなく、まず仕事の役割を整理し直すことだった。先に手をつけるべきだったのは、自分が考える前に消耗している仕事の外周を逃がすことのほうだった。
ここでいう「外周を逃がす」は、雑務を減らすこととは少し違う。
Slack の問い合わせ対応で困っていたのも、答えること自体ではなかった。答える前の段階で、相手の質問の意図を推定し、前提を揃え、論点を切り分け、関係者を把握して、そこでようやく自分の考えに入れる。相手のリテラシーの濃淡もあって、未整理なものがそのまま自分の集中領域に流れ込んでくる。すると、本当は判断や名付けや方向づけに使いたいはずの時間が、文脈のキャッチアップだけで削られていく。
だから外周整理のひとつは、こうした未整理な問い合わせや文脈を、そのまま自分の内側に流し込まないための前処理だった。問いに入る前に必要な整理を先に外へ逃がして、自分は最後に引き受けるべき問いだけを手元に残す。そのための境界を作ることに近い。
最近は、Claude の Connector や Skills を使って、問い合わせを一定のフォーマットで整理させたり、スレッドの論点を明るくしたりすることを少しずつ始めている。大げさな代理人ではないけれど、まずは自分の隣で前処理を担う層を一枚作り始めた感触がある。
問い合わせ対応では、流れ込んでくる未整理さが問題だった。ただ、別の場所では、そもそも判断の基準が言語化されていないことが同じ種類の負荷を生んでいた。
チームで n8n のような workflow engine を使うとき、利用者にはレビューを通さないと作ってはいけない、という前提を置いていた。単に禁止したいのではなく、workflow を作る側にもシステムオーナーとしての責任を持ってほしかったからだ。ただ、実際にレビューをやっていると、レビュー者ごとに見るポイントがバラバラで、足場が揃っていないことに気づいた。
そこで、もともと自分なりにまとめていたデザインドキュメントのレビューポイントを使って、workflow 向けに観点を再蒸留した。蒸留というのは、自分の中に暗黙的に溜まっている判断基準を、他の人や AI が再利用できる粒度まで煮詰めて、外に出すことだ。Confluence に置いて、Atlassian Rovo に読ませられる形にする。蒸留そのものには Claude も使った。やったことはレビューの自動化というより、暗黙に持っていた判断基準を、チームが再利用できる形に外へ置き直すことだった。
これも、外周整理のもうひとつの形なんだと思う。
Slack の問い合わせ対応が、流れ込んでくる未整理なものをその場で整える話だとすると、レビュー観点の蒸留は、そもそも何度も発生する判断の足場を先に作っておく話だった。前者が流入の整理だとすれば、後者は基準の蒸留に近い。どちらも結局は、自分がゼロから抱えなくていいように境界を引き直す作業だった。
以前、「摩擦ポリシー」という言葉を使ったことがあった。どの摩擦を守り、どの摩擦を捨てるか。その境界線を言語化しなければ、Agent も Proxy もただの汎用的な秘書になってしまう、と。ただ、あのとき摩擦ポリシーはまだ輪郭のないまま手元に残っていた。
この1ヶ月、外周整理を実際にやってみて、そのうちのひとつがようやくほぐれてきた気がする。前処理や切り替えや粗い整形まで全部抱え続けると、最後に残したいはずの判断の芯まで薄くなっていく。自分が引き受けるべき問いに集中できる状態を残すために、先に外へ逃がせるものを逃がす。これが、摩擦ポリシーのひとつの答えなんだろうと思う。
この数ヶ月で見えてきたのは、AI に何を任せるかという話よりも、自分が考えるために、何を先に仕事の外周へ逃がすかという問いだった。
摩擦ポリシーは一度で完成するものではなくて、実践の中で少しずつほぐれていくものなんだと思う。今回見えたのはそのひとつで、自分が引き受けるべき問いに集中するために、仕事を役割ごとに再配置し始めた、ということ。
まだ途中だけれど、たぶん今いる場所はここなんだろうと思う。次は、この「外周に逃がす」という感覚を、もう少しはっきり分類できるかを試してみたい。