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村上春樹 雑文集(新潮文庫)
www.amazon.co.jp/dp/B08BNNY877
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僕がインタビューした日比谷線で通っているサラリーマンは 自嘲 的に笑いながら、「誰かがわざわざサリンを 撒くまでもなく、この電車で死人が出ないこと自体が不思議なくらいですよ」と語った。それくらい激しく混んでいるのだ──まさに 殺人的 に。ある場合には、息をすることもできない。戸口近くでのラッシュアワーの押し合いで、腕の骨を折った人もいる。ひとりの女性は通勤電車でよく立ったまま眠るのだと語った。乗り込んでから降りるまで、ほとんど身動きしないでいいから。「それはまるで戦争なんです」と一人のサラリーマンは述懐した。「そして、それを我々は毎朝毎朝、週に五日、定年を迎えるまで三十年以上も続けなくちゃならないんです」 「苦しくありませんか?」と僕は尋ねた。 彼は顔をわずかに 歪めた。苦しくないわけはな...
オウム真理教に帰依した何人かの人々にインタビューしたとき、僕は彼ら全員にひとつ共通の質問をした。「あなたは思春期に小説を熱心に読みましたか?」。答えはだいたい決まっていた。ノーだ。彼らのほとんどは小説に対して興味を持たなかったし、違和感さえ抱いているようだった。人によっては哲学や宗教に深い興味を持っており、そのような種類の本を熱心に読んでいた。アニメーションにのめり込んでいるものも多かった。言い換えれば、彼らの心は主に 形而上 的思考と視覚的虚構とのあいだを行ったり来たりしていたということになるかもしれない(形而上的思考の視覚的虚構化、あるいはその逆)。 彼らは物語というものの成り立ち方を十分に理解していなかったかもしれない。ご存じのように、いくつもの異なった物語を通過してきた人間には、フ...
フィクションだった。要するに「実証の枠外にあるもの」だった。いや、僕はそれを非難しているわけではない。誤解を恐れずにいえば、あらゆる宗教は基本的成り立ちにおいて物語であり、フィクションである。そして多くの局面において物語は──いわばホワイト・マジックとして──他には類を見ない強い治癒力を発揮する。またそれは我々が優れた小説を読むときにしばしば体験していることでもある。一冊の小説が、一行の言葉が、僕らの傷を 癒し、魂を救ってくれる。
しかし作家フィッツジェラルドの素晴らしい点は、現実の人生にどれだけ過酷に打ちのめされても、文章に対する信頼感をほとんど失わなかったことにある。彼は最後の最後まで、自分は書くことによって救済されるはずだと固く信じていた。妻の発狂も、世間の冷ややかな黙殺も、ゆっくりと身体を 蝕んでいくアルコールも、身動きがとれないまでにふくらんだ借金も、その熱い思いを消し去ることはできなかった。 それは、文章による救済の可能性を信じることができず、最後には自らの命を絶つことになったかつての僚友、アーネスト・ヘミングウェイの運命とはあくまで対照的だった。フィッツジェラルドは死の 間際 まで、しがみつくように小説を書き続けていた。「この小説が完成すれば……」と自らに言い聞かせていた、「すべては回復される」。
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