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• 本書で論じたいのは、感情が組織によって抑圧されたりコントロールされることによる人間疎外よりも（それが重要であることは否定しない）、現代の職場では、ある一定の手続や手順を踏まえるのであればむしろ感情表出が推奨されていること、ならびに相互尊重的なコミュニケーションを遂行できる人物であること（少なくともそのような人物として自己呈示できること） が社会人として必須の能力とみなされ、それによって職業上の能力や評価が決定される現象とそれにともなう閉塞感である。
• これらの章を通して考察したいのは、働く人々の感情や生と死が現代社会の中でどのように意味づけられているのかということである。ハラスメントや自殺は、特殊で暗い社会問題というよりも、職場でコミュニカティブであることを求める日常と地続きのところで生じている。「
• それでは、人々はなぜ感情作業や感情管理を遂行するのだろうか。それは、適切な感情を表出することが他者への敬意の表明、言いかえれば「捧げ物（offering）」（ibid.: 82=94） であるとみなされているからである。行為者は感情規則に従って、相互の関係性の中で何を「支払うべき」なのかを判断し、互いに貢ぎ物を納めあっている（ 2）。
• 感情の贈与交換（emotional gift exchange）」は、同等の地位にある人々の間で行われる場合は相補的で均衡を保ったものになり（ibid.: 84=97）、その贈与交換にかかるコストは得られる報酬に匹敵する（ibid.: 21=22）。その一方で、関係性や地位に高低の差がある場合には、下位者の方がより多くの感情や敬意を捧げることになり、感情の贈与交換の相補性は表面上のものになりやすい。下位者は、上位者よりも感情規則に敏感でなければならず、上位者よりも多くの「感情作業」を行っている。
• しかし、近年は ⑵ のタイプの感情管理も業務を進める上で無視できないものとされている。というのも、首尾よく感情管理を遂行することは、顧客や取引先から利益を引き出す際の必要条件となると同時に、上司や同僚に対してもそのような人物として自らを提示できるか否かが業績評価や人間性の評価に関わる事柄となっているためである。日頃の何気ない言動の中で、顧客とうまくやれる素養があるのか否かが常に試されている。就職活動時にコミュニケーション能力の査定が盛んに行われるのも、こうした理由による。働く人々は日頃の職場での対人関係において顧客や取引先との対人関係を再現することになり、バックヤードでの人間関係のパターンとステージ上での人間関係のパターンの境界線は曖昧になる。