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考えるヒント
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文士にとって文学とは、めいめい
こういう処に、既にこの文明批評家の仕事の、はっきりした動機が 覗 える。彼は活路は洋学にしかないと衆に先んじて知ったが、ただそういう事なら、これは天下の大勢であって、早かれ遅かれ凡庸な進歩主義者にも明瞭になった事であっ
この窮地に立った課業の困難こそわが国の学者の特権であり、西洋の学者の知る事の出来ぬ経験であると考えた。この現に立っている私達の窮況困難を、敢て、 吾 を見舞った「好機」「僥倖」と観ずる道を行かなければ、新しい思想のわが国に於ける実りは期待出来ぬ、そう考え
既に言ったように、福沢は明治の過渡期に処する困難を、又とない「好期」、西洋人にはわからぬ「実験の一事」と見た。一方、そういう努力を払わないから、学者達は日新の学を学ぶと称して、実は所謂「スピッリット」という時代風潮に、知らず識らずのうちに、屈しているのを見た。注意すべきは、彼の言う「実験の一事」には、洋学の実験的方法の意味はなく、むしろ「学者は学者で私に事を行ふ」意味に重点がある事だ。学者に「独立の丹心」があれば、新知識を得るのと自己を新たにするのとは同じ事である筈
ある。「瘦我慢」という言葉は俗語だが、福沢の、この言葉の使い方は「哲学流」なのである。というのは、福沢の考えによれば、例えば、「士道」という高級な言葉は、人々に有難がられて、直ぐ俗化するが、「瘦我慢」と言って置けば、これ以上俗化する心配は要らない、という意味
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