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創価学会の研究 (講談社現代新書)
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新たに生きていこうとした人に、たまたま幸運が訪れたとするならば、それはすぐさま信仰のおかげと解釈されるだろう。創価学会の人々が信心の 功徳 について「たちまち幸運が訪れた」とか、「病気が治った」と強調することの背景には、現実の因果関係は別にして、それなりに根拠のある経験が存在しているのである。また、そのような集団的な支援が維持されているかぎり、たとえいっこうに幸運の訪れない人があったとしても、いつかはきっと自分にもという気持ちになれるだろうし、そもそも支えてくれる人がいるということ自体が「幸せ」と考えることもできるのである。
法華経の教え以外の他宗派に対するこの断固として不寛容な態度は、日蓮が念仏や禅宗にとった態度に由来する。日蓮は他宗をすべて排して法華経を奉じないかぎり他国の侵略を受けると時の権力者に 諫言 したのである。
入会して一〇年以上たってから今度は父親がかえって熱心になったという話や、母親が入会してから見違えるようになったのを幼な心にもよく覚えていると語る二世会員も多い。それだけでなく、職場や友人たちにも最初は冷やかされていたのが、そんなにいいなら自分もやりたいといわれるようになったという類の話も好んで語られるものである。これらも度重なる迫害にもかかわらず、信者を増やしていった日蓮の生涯になぞらえられるのである。
読み上げるのは法華経の漢訳文で、いわゆる漢文である。もともと日本の仏教は僧侶にしか理解できない漢文の 読誦 を信者がただ単に聞いているという構造をもっていたわけで、英米の創価学会員もローマ字表記したものを同じように発音しているので、とりあえずは読み上げる部分の意味ではなく、読み上げるという行為自体が問題であることがわかる。
これまでの創価学会をめぐる多くの言説のように、教義の妥当性がどうとか、宗教思想としての深みをうんぬんすることよりも、創価学会が実は会員に対して毎日の具体的な行為を指し示し、そこに宗教的な信心の核心を置いてきた点にもっと注目すべきなのである。少なくとも創価学会の宗教としての評価は会員の勤行とお題目という具体的な行為に注目したうえで行うのが、より適切であると思う。
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